高齢犬の認知症 ~上手な付き合い方~

高齢化社会は人間だけの問題ではありません。最近ではペットの高齢化が進み、認知症の犬が増えています。

今回は、ペットが認知症になったときに飼い主さんは何をしてあげられるか一緒に考えてみましょう。


犬の認知障害症候群とは?

獣医療の世界では犬の認知症のことを「認知障害症候群(CDS)」と呼んでいます。ここ最近の研究では、人間が認知症になる確率に比べ、犬が認知障害症候群になる確率の方が高いことがわかっています。カリフォルニア大学の研究では、11~16歳の高齢犬の62%が、認知障害症候群の症状のうち1つ以上が当てはまったと報告されています。

では、犬の認知障害症候群はどのようにして起こるのでしょうか? 

高齢犬の脳は、人のアルツハイマー性痴呆の前段階と考えられています。人のアルツハイマー性痴呆では、脳の中にβ-アミロイドと呼ばれるタンパク質が沈着します。沈着すると刺激の伝達障害が起こり、脳の機能が低下してさまざまな痴呆の症状を引き起こします。

高齢犬の脳にもこのβ-アミロイドが沈着することがわかっており、その沈着の程度が認知障害症候群と関連があるといわれています。学術的には、人間のアルツハイマー性痴呆=犬の認知障害症候群とはいえませんが、このような共通点があります。


犬の典型的な認知障害の10のサイン

このように、犬にとって認知障害は意外と身近な存在になりますが、具体的に認知障害が疑われるサインはどのようにして現れるのでしょうか?


1. 飼い主さんがペットの名前を呼んでも反応しない

2. 1日中寝ていることが多く、夜はそれほど眠らない。そして夜中に意味もなく鳴く

3. よく寝てよく食べるが、下痢もせずやせてくる

4. 狭く暗いところに入りたがり、出られない(バックできない)

5. あてもなくトボトボと歩き続ける。円を描くように歩く

6. トイレを失敗する回数が増えている

7. 頻繁に震える

8. 知っているはずのコマンドを無視するようになる

9. 活動性が低下する

10. 家族や親しい人を見分けられなくなる


ここに挙げたサインのうち、飼い主さんが一緒に生活をする上で特に深刻な問題となるのは“夜鳴き”でしょう。

また、精神的にもっとも辛いのは愛犬が共に過ごしてきた家族のことを忘れてしまうことだと思われます。このように認知障害は、飼い主さんの生活や精神状態に大きな影響を与えることが考えられます。しかし、最近では研究が進み、一定度の予防や治療も可能になってきています。アメリカでは既に犬の認知障害症候群の治療薬の認可を得ており、投薬によって70%程症状が改善されたと報告されています。


対策① ~DHAを与える~

では、どのような対策をとればよいのでしょうか。現代の獣医療では、以下のような犬の認知障害症候群に効果的な対策が挙げられています。

皆さんも「DHA」の効用については見聞きしたことがあるでしょう。「頭がよくなる」「記憶力が高まる」と魚を食べたり、サプリメントを服用している飼い主さんも多いのではないのでしょうか。DHAはいわば「脳を整備する」役割を果たしているといわれています。

ある研究結果では、人のアルツハイマー病患者は、アルツハイマー病以外の老人患者に比べDHA値が低いといわれています。つまり、DHA値が低いほどアルツハイマーやうつ病、記憶障害が出やすいというのです(ニューヨークのコーネル医療センターの研究による)。

DHAなどオメガ-3脂肪酸と言われる成分を含む処方食やDHA配合のサプリメントを愛犬に与えることは、認知症に対する予防的な効果が期待できそうです。


対策② ~活性酸素を抑える~

りんごやバナナを放置しておくと茶色に変色しますが、これは「酸化」という現象です。実は体内でもこの「酸化現象」は起こります。体内で細胞やDNAに活性酸素が増えている状態を「酸化ストレス」といいますが、最近の人間の医療の研究では活性酸素はガン、糖尿病、アトピー性皮膚炎などに関与しているだけではなく、アルツハイマー性痴呆にも関与していることがわかりました。

また、獣医療の分野では「酸化を抑えること」が犬や猫の細胞障害を減らし、腎臓病や糖尿病、猫喘息などの予防に繋がることがわかってきました。認知障害や老化現象と酸化ストレスの関係はまだ完全には解明されていませんが、一説では抗酸化作用のある物質を投与することも予防につながるといわれています。

活性酸素を掃除してくれる栄養素を含んだ食物の摂取や、良質のペットフードに含まれるビタミンEのような抗酸化物質を摂取することは、認知症はともかく免疫力をアップさせ、さまざまな病気から愛犬を守ることに大きな意味を持ちます。


対策③ ~刺激を与える~

人間と同様に変化のない単調な毎日を過ごしていると、犬でも認知障害を起こしやすいといわれています。一般的に飼い主さんと接する機会の多い室内犬より、刺激の少ない室外で暮らす犬に痴呆症が多いともいわれています。つまり、刺激を与えることは認知障害の予防にもつながるということです。

飼い主さんは、たくさん声をかける、撫でる、あるいは音楽を聞かせるなどの刺激を与えてあげましょう。また、適度な運動や散歩によって多くの酸素を脳に送ることも、脳神経を刺激させ認知障害の予防につながるかもしれません。


おわりに

犬の認知障害症候群についてお話ししましたが、ここで皆さんにご紹介したい言葉があります。46歳でアルツハイマー病の診断を受けた元政治家のクリスティーン・ブライデン氏の言葉です。もし万が一、愛犬に認知障害という事態が降りかかってきたとしても、この言葉を思い出すたびに愛犬の心を見つめるきっかけになるのではないでしょうか。

『スピードを落として、ちゃんと目を見て話しかけてほしい。

表情を見て何をいおうとしているか考えてください。

そして、その人の要望に沿って環境を変えていってください。

痴呆のためにすべてが失われても、愛は最後まで感じることができます。』

(クリスティーン・ブライデン)